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畠中 光享 インタビュー トップ画像

2017年8月

第21回シェル美術賞 1等受賞作家

1947(昭和22)年、奈良県生まれ。大谷大学文学部卒業、京都市立芸術大学専攻科修了。描線と平面性、形の追求を核として、顔料の持つ美しさを引き出し、写生を基礎にした象徴性のある造形で、現代日本画にひとつの方向性を打ち出している。またインドの美術、特に絵画・染織・彫刻などの研究者でもある。77年〈シェル美術賞展〉一等賞、78年〈第一回東京セントラル美術館日本画大賞展〉大賞、2002年〈日経日本画大賞〉入選、04年〈京都府文化賞〉功労賞、14年〈京都美術文化賞〉、15年〈京都市文化功労賞〉受賞など、受賞歴多数。
1984~93年〈横の会〉、1998~2007年〈NEXT ― 日本画・京都からの表現〉、2012年~〈Artist Group ― 風 ―〉の結成に参画。他に1998~2010年 〈目 ― それぞれのかたち〉、2000年〈畠中光享の美意識〉、03年〈畠中光享展 ― 日々行歩〉、11年〈現代の日本画中島千波・ 畠中光享展〉など展覧会、個展多数。09年にはエストニア、ラトビアの国立美術館にて、12年にはインドニューデリー国立All India Fine Arts & Crafts Society にて日印国交60周年記念の個展開催。主な著書に『インド宮廷絵画』、『The Textile Arts of India』、『画文集 インド巡礼「ダルマ・ヤートラ」ブッダの歩いた道』『仏像の歩み』などがある。現在、大作公募展「Artist Group ― 風 ―」を中島千波・中野嘉之と3名で主宰。

シェル美術賞に応募したきっかけや応募された作品について、その当時のようすを教えてください。

今はいろんなところで公募展というかコンクールがありますが、その当時は、「シェル美術賞」が最もメジャーなコンクールで、審査員も美術評論家のみということも魅力でした。僕自身は、団体展には一度も出したことがないんです。それは、どうして絵描きが絵描きに審査されなければいけないのかという思いがあって、画家を審査するのも嫌だし、また、されたくないという思いはずっとありました。ところが、60歳を過ぎて自身の制作だけではなく、若い作家に大作発表の門戸を開く意味で、Artist Group ― 風 ―を結成し、活動しています。
学生の頃からいつも作品を制作してきて、いつも作品のストックはありました。その中から応募して、1等を受賞しました。
卒業後の1977年(第21回)で1等受賞しましたが、実はその前に一度、1973年(第17回)で佳作を頂いたんですよ。佳作の後、意気込んで、2回目に挑戦しました。その当時は応募がとても多く2,000点くらいあって、狭き門でした。それと、何年かごとに「日本画の可能性」や「写実絵画の再認識」のようなテーマを設定していました。

昭和シェル石油社内報<br>「シェルタイムズ  No.485」

昭和シェル石油社内報
「シェルタイムズ No.485」

1等受賞後、周りからの反響や生活の変化などはいかがでしたか。

応募作品が多くて1等受賞なんて、くじ引きみたいなもの、考えたことなかったです。ですから、連絡を受けて、びっくりしました。これは、本当に良いきっかけとなりました。それまでにも、個展は開催していましたが、たくさんの方が見に来てくれるわけではないので、シェル美術賞の展覧会で多くの方に作品を見てもらうことができました。
公募展に応募したのはシェル美術賞だけで、他は一切、出していません。1等受賞の翌年に「第一回東京セントラル美術館日本画大賞展」に推薦され、大賞を受賞しました。2年続けて大きな賞を頂けたのが、本当に良かった。良かったというのは、賞金をもらえたことは奨学金になりました。僕は今でもそうですが生活費はあまりお金をかけません。絵画や彫刻など制作の糧となるものに費やしています。やっぱり美術家だから、美術品が好き。いいものって世界中、時代を越えてあるじゃないですか、そういうものから学ぼうっていうのがありました。僕はインドが圧倒的に長くて、インドの細密画から日本画を考えたりもしています。

畠中さんは、インドに滞在して制作された経験もあると伺いました。インド滞在中のようす、エピソードをお聞かせください。

1等受賞の賞金を使ってインドに行きましたが、その前に大学卒業してから4年後に約1年間、インドに初めて行きました。その当時、インドでは格差がすごく大きくて、言語や文化の違いなど、色々な体験をしました。そんな中にいると、やっぱり考え方がちょっと変わりましたよね。インドから帰ってから、インドと日本との精神的ギャップに陥り、社会復帰ができなくなり、京都市立芸大の今でいう大学院へ行きました。

畠中 光享 写真

長く継続するという観点で、シェル美術賞は2016年に、創設60周年を迎えました。また、畠中さんも学生のころから制作活動を続けられています。
「長く続けること」は素晴らしいこと、一方で根気が必要なことでもあると思いますが、現在までの長年の制作に対する姿勢など伺えますでしょうか。

描きたいという意欲ですね、意欲的(前向き)じゃないと制作なんてできませんよ。私にとって絵を描くことは、生きていくことの問いです。
自身の制作を、続けるって大変ですよね。その時々の「現代美術」はある意味、当て物みたいで、何がいいか分からないところがあります。本当は良い絵と思うのは8割くらいは客観性があると思います。長く続けるためには、自分の目を肥やして、客観的に見ていくとかっていうのが大事じゃないかと思います。それに長く続けていると、身も心も浮き沈みはありますよね。周りを見ても、年齢と共に制作をやめてしまった方もすごく多い。自分に課しても先頭を歩くという意識は大切だと思います(そう思っていても、いつも下っていますが)。

作品「放生」(2017年)

「放生」(2017年)

最後に、シェル美術賞に挑戦する、若手作家に向けてメッセージをお願いします。

自分がやっていること(制作)に対して、できるだけの努力は惜しまない。そのためには、古いものにとらわれない。それは、逆に古いものを学ばないと分からないことだと思うんです。やはり過去の積み重ねがあって、今があるわけ。これから先のことばかりを考えるもんではない。一番大事にしないと駄目なのは、やっぱり今なんですよね。
それと、新しいものに惑わされないことですね、そうするためには、僕は古典を勉強すべきだと思います。これは日本だけじゃなくて、世界中の古典。美術であれば、いろんな美術を学ぶこと。もう一つ若い人に足りないのは、自然から教えてもらうってことがない。物(自然)と写生を大事にするっていうのは、相手と自分とが対話できる時間を大切にするということなんですよ。それを、写真でぱっとやってしまうと、そんなことばっかりしていると現実が見えなくなりますよね。そうならないためには、古典を学ぶってこと、自然から学ぶってことが大切だと思いますけどね。
作家は、積極的にチャレンジングでないと駄目だと思ってるんですよね。若いときから、絶対に自分がやらないと代わりに誰がやるって気持ちがないとと思います。

展覧会情報

「興福寺の寺宝と畠中光享展」

会期・会場:

大阪展 2017年8月23日(水) - 9月4日(月)・大阪高島屋

新潟展 2017年9月9日(土) - 10月15日(日)・新潟市新津美術館

山形展 2017年11月18日(土) - 12月24日(日)・酒田市美術館

公式Webサイト:http://kohfukuji-hatanaka.exhn.jp/

「2017年度 第6回 Artist Group ― 風 ―」

会期:2017年10月23日(月) - 10月30日(月)

会場:東京都美術館 ロビー階第4公募展示室

Webサイト:http://agkaze.jp/index.html

*畠中光享氏が主宰されています。

「畠中光享コレクション インドに咲く染と織の華」

会期:2017年8月8日(火) - 9月24日(日)

会場:渋谷区立松濤美術館

Webサイト:http://www.shoto-museum.jp/exhibitions/174hatanaka/

作品「無著菩薩」

「無著菩薩」
興福寺中金堂法相柱柱絵祖師像より

展覧会「畠中光享コレクション  インドに咲く染と織の華」ポスター